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笠原弘子プロフィール

これまでの笠原弘子を本人が綴った笠原弘子史です。その1 

1970年万博の年。渋谷の病院で産まれる。名は弘子と名づけられる。


バギーに乗り公園に行くのが大好きな幼少時代は
江戸っ子。5歳のある日、とある都内の坂道の
上に建つ「劇団こまどり」の門を母親らとともに
くぐる。入団試験に合格し運命の入団。

TVの子役でデビュー。NHKの教育番組
「みんな仲良し」では、2年間妹役と生徒役で出演。

その他さまざまな活動、洋画のアフレコ・
CMソング・教育映画・舞台などに出演etc...。

中学に入った頃、アニメのイメージアルバムの歌の
オーディョンが舞い込む。このオーディションが
現在の歌手笠原弘子を生むきっかけとなる。
松田聖子さんの「ハートのイヤリング」を歌い、
受かり、「シャンペン・シャワー」という作品の
イメージアルバムの中の1曲「告白~愛しのジョゼ」
という(スゴイ)曲をレコーディング。

中2の年、アニメのオーディションを受け合格。
「銀河漂流バイファム」。異星人の少女カチュア
という役が存在しなかったら今のワタシはいなかった
と言えるような運命の役を演じることとなる。

その後、次第にアニメの作品に声で出演し、
主題歌を歌うという活動が始まる。
中でも笠原本人が「これは印象深い」という作品は、
竹中直人氏と共演した「最終教師」というアニメ。
その他「エルフ17」「究極超人あ~る」
「優&魅衣」などの作品に出演。

学業優先で芸能活動を続けていたこまどりの方針で
学校帰りにスタジオに通い、初めてサインという
ものを書いたり、アニメ雑誌の取材を受けたり、
イベントに出演したりする。

その間、高校受験もなんとか乗り越え女子高に入学。

そして、新宿コマ劇場でミュージカル
「ピーターパン」にジェーンというウェンディの
子供役で出演。ひろこ飛びました。

音楽活動を本格的に始めるきっかけの年となる
1988年、「空色のメロディ」という
水沢めぐみさん原作の作品のイメージアルバムを
谷山浩子さんがプロデュース、それを笠原が歌う☆
というとても貴重なレコーディングを体験。

そして同じ年「機動警察パトレイバー」と出逢い、
イメージ・サウンドトラックアルバムの中で
「未来派LOVERS」という曲を
サビの一行の英語のかっこいい発音の仕方を
冬杜花代子先生ご指導の元、レコーディング。
そして記念すべきファーストシングル
「Believe yourself  Again」

記念すべきファーストアルバム
「スローガラスの輝き」をリリース。

歌うことに目覚めてしまった年でもある。

更に月刊ニュータイプにエッセイを連載。

1989年、セカンドアルバム
「CAFE PARADISE」をリリース。
松宮恭子先生+笠原弘子作品の誕生。
1990年ハタチ。カバー曲「異邦人'90」を
リリース。歌手としての活動も活発に。

アニメでも、小さい頃から憧れの魔法シリーズの
作品に出演「魔法のエンジェル スイートミント」で
ミント役を。小さい頃の夢だった魔法の言葉は、
言うのが意外にとても難しいことに気付く。

そしてこの年「機動警察パトレイバー」の
TVシリーズのオープニングテーマを歌う。
「コンディション・グリーン」
この曲なくして今のカサハラはないと言っても
過言ではない。

その後縁のあったさまざまな作品に出演。
その中でもTV洋画劇場でオードリー・ヘプバーンの
名作「ローマの休日」のヘプバーンの声の吹き替えが
できたことは人生の宝物。
(その数ヶ月後にヘプバーンさんがお亡くなりに
なる...そのことによって更に思い出深いものとなる)

素晴らしい作品に出逢った20代はあっという間に
過ぎる。歌った曲の数もあっという間に増えた。

1995年の冬。
ハウス名作劇場の「ロミオの青い空」のオープニング
・エンディング曲を歌う。


同年1995年、テレビアニメ「魔法騎士レイアース」で鳳凰寺風役を演じる。
同時にそのキャラクターソング「そよ風のソナチネ」をシングルリリース。
オリコンの100位以内に入る。
この風役を通じて女の子のファンが増え、笠原喜ぶ。

1996年、アニメ「アミテージ・ザ・サード」では、本人が語る人生において唯一悔いの残る出来事がここでおこる。
海外で行われているアニメフェスティバルにゲストとしてのオファーがきたが、
笠原はその頃飛行機が苦手だった為にそのオファーを辞退する。
飛行嫌い笠原弘子の恐るべき頑固一徹を垣間見ることとなる。

音楽活動では、この年から翌年にかけて、ミュージシャン荒木真樹彦氏プロデュースにより新しい一面を開花。

1997年、この頃から歌う楽しさを知る。
と同時に次第に自分の歌をみつめなおすようになる。
大人の階段を登り始める。

1998年、話すのが苦手な笠原が、ラジオたんぱで「マイプレイヤー」というタイトルでラジオ番組をもつ。
松宮恭子さんプロデュースアルバム「Nostalga」をリリース。

1999年、テレビアニメーション「金田一少年の事件簿」でゲスト主役で登場。
金田一少年の事件簿オールスターズソングアルバム「LOVE SONGS」では
西脇唯さんプロデュース曲の切ないラブソングを歌う。

同年、笠原の声優デビュー作「銀河漂流バイファム」が「銀河漂流13」としてふたたび復活。
ほぼ同じキャストで懐かしいメンバーと共演。

岩崎琢氏プロデュースアルバム「aria」をリリース。
山田ひろし氏の歌詞に感動。

2000年、アルバム「NEO DECADENCE」をリリース。
自らはかなり気に入る作品となる。

FM神戸にてラジオ番組「おかわり自由」始まる。
おかわりシリーズと題してこの後数々のおかわり曲をリリース。
話すのが苦手だった笠原もその後はテンションの高いDJとなる。

コンサートでしか歌われなかった曲「胸のコンパス」を収録した
アルバム「hiroko kasahara super best Warner 30th Anniversary Box」が
4枚組みのボリュームある限定Boxでリリース。2001年、
「昼間の私に逢いにこないで」という意味深なタイトルのCDをリリース。
いろんな顔を持つ笠原弘子。

2002年、微妙な年齢に突入。笠原弘子転換期。
その間も前の年この年と、歌や声優、舞台にと意欲的に活動。

2003年、5才から所属していたこまどりを卒業し、新事務所LOVE LIVEに。
親元を離れ、一人暮らしの心境、笠原弘子。
新しい場所で心機一転。

おかわりシリーズアルバム「BUTTERFLY」で全曲作詞。シリーズ前作「レコ」では全曲英語で作詞。
詞を書く楽しさを知る。

2004年、長い間続いたラジオ「おかわり自由」終着。
終わりがあれば始まりもある。
ゲーム「シンフォニックレイン」のキャラクターアルバム「RAINBOW」で岡崎律子さんの楽曲に出逢う。
音の妖精フォーニというキャラクターの曲での出逢いだったが、
歌手笠原弘子がこれからも歌いつづけていきたいと思える曲達だった。

そしてアニメ「Wind」のオープニングテーマ曲、天門氏が手掛けた「Feel on the wind」との出逢い。
楽曲に恵まれ多くの人の心を動かしカウントダウンTVにランクイン、笠原弘子見参!
ではなく笠原弘子健在をおもわぬところで表すこととなり、
やはり歌うことが笠原弘子の生きる道だと導かれる。

更に6年振りに松宮恭子さんプロデュースミニアルバムリリース。
「Holy Chain~聖なる鎖~」歌うことで祈りを唱える巫女。
今も昔も変わらない松宮恭子さんが求める笠原弘子像が蘇る。

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